飴玉少年と空想少女
ドロップ、ドロップ!
君の目にはそれしかない。私の目にはそれがない。
彼はドロップ、或いは飴、キャンディー、甘露宝石が大好きだ。
その好み様は比べられるのが赤ん坊のおしゃぶりか大人の仕事かと言った位で、彼の肩には紐で吊って鞄と同じにしたドロップの缶がいつでもどこでもかかっている。
見た事はないけれど、寝ている時だって外していないかもしれない。
だから彼の匂いは甘ったるくて、鳥や蜂が寄って来る事だってある。その度に私は心の中で生き物達に謝らなければならなくなる。気分が悪い時には腹が立つ。
ドロップ、ドロップ!
彼は缶を振る度にそうやって呟いて嬉しそうにする。まるでおまじないか何かの様に。
けれども私にしたらそれはガラガラと煩いばかりだし、中身が少なくなって音が小さくなると彼はがっかりするのだからいい加減にして欲しいとも思うのだ。
ドロップ、ドロップ!
大体彼は知らないし、私はそれを知っている。
彼がドロップ、或いは飴、キャンディー、甘露宝石と思っているそれは本当はそんなものではない。
さっき彼が口に入れたドロップ。
彼はハッカと信じて声にも上げた、空色、薄いブルー、海で出来た氷色の塊は缶に入る前、一つの小さな雪国だった。
そこには王様を失ったお妃様が住んでいて、白くまやペンギン、アザラシ達に囲まれ支えられていたのに。
彼はそれを食べてしまった。
昨日彼が光に透かしていた、桜色、薄紅、指を切った和紙色の塊は落日の世界だった。
とうとう奪い合う事も止めてしまった沢山の人達が心から終わりを受け入れ、やっと安寧を迎えたというその時。
彼はそれをポンと放りなげてやっぱり食べてしまった。
少し前彼が見せびらかした、レモン、イエロー、蒲公英を見た太陽色の塊は星の地下帝国だった。
世界を旅する星々の表ではない深い所でロボット達が未だ見ぬ鉱石を探しながら暮らしていた。
それだって彼は食べてしまった。
彼がドロップ缶と思って肩から提げているそれも、本当の姿は虹の根元に埋める筈の宝箱だし(そうでなければこんなに沢山の色を仕舞っておける筈がない)全てを知っている私はいつかあの缶をきちんと虹の所へ返さなければいけない。
彼は知らない、けれど私は知っている。
彼のお腹の中には大量の世界が詰まっていて、それらはすっかり彼のお腹の中に居場所を定めてしまった。
彼の甘ったるい匂いはもう消えないし、小さな塊の中の世界を救う勇者だった筈の鳥や蜂達は本当の姿に戻れない。
彼がクジラか巨大イカに食べられた時、一緒に口へ飛び込み中でドロドロに解けてしまわなければ彼等の呪いは解けない。だから私は謝るのだ、止められなくってごめんなさいと。
彼の目には甘くて美味しい、それしか見えない。
私の目には甘くて美味しい、それが見えない。可哀想な世界しかない。
ドロップ、ドロップ。
ああ、いっそあれが消えてしまえばいいのに。