『世界が終わる日』

 世界は確かに崩壊しかかっていた。それは否定出来ない事実である。
しかしこの事態はあまりにも早過ぎた。



私は其れ迄、世界の崩れる様子を知りながらも明日が来るのが当たり前の事であるとその様に信じていた。
何をしても朝日は上り、夕日は沈む。夜月が現れ、朝月は消える。そんな中に身を置いていれば、錯覚してしまうのも仕方が無い事であろう。
少なくとも私の周りに、危険を叫ぶ人間は少なかった。其れ所か僅かな危機感すらも感じず平然と生きているのが大部分であった。


 異変が起きたのは良く晴れた日の事である。

太陽が良く映える青い空の下に突然、巨大なオブジェが出来上がった。
茶色の、恐らく土の様な物に見える物体に私が気付いたのは太陽が最も高い所に来る時間帯の事であった。

私は其れ迄外に出掛けており、何にも気付かずに生活していた。本当に其れ迄は当たり前の日常であったのだ。
それが、家に帰った途端に巨大なオブジェが見え、テレビを点ければ世界中で起きている異常をアナウンサーががなり立てている。
突然の事に私は困惑した。テレビの中の人々は興奮している様であったが、私の周りの人間は私と同じくどうして良いのか分からずに居た。

その世界中に発生し出した巨大なオブジェは人間が悪戯に作れるものでは無く、粘土質らしき赤い土が高く積み上がり、何かと混ぜられたのかつるりとした質感となっていた。また所々に穴が開いておりその奥が暗い事から中は空洞になっているのだろうと思われた。その様なものが家の近くに建っているのだから、普通ならば警察か何かが来ても良さそうなものだが、それらしき者の存在は一切見当たらなかった。
オブジェの周りの人々はオブジェをその巨大さからか恐々として遠巻きに眺めている。
私もまたそんな人の一人となってオブジェを眺めていた。



夕方頃になるとオブジェに動きがあった。

うんうん、と鼓膜を揺らす唸る音と共に強風では無いが長時間浴びて居られない様な風が吹き付ける。
家の中で異変を感じた人々がぱらぱらとカーテンを開けて硝子越しに外を眺めているのが分かる。たまたま硝子の外側に居た私はその全てを見た様な気になった。
空を塞ぐ程の影が差し、私は思わず視線を上げた。


無機質、無生物をイメージさせる光沢。金属に似た堅苦しさ。本能的な恐怖。


有り得ない、現在理解される様々な法則を無視した巨大な蜂の姿が其処にあった。

私は驚き、その場から動く事が出来なくなった。
硝子の内側に居る人々も目を見開き瞬き一つせずにその姿を見つめていた。世界各国でも同じ事が起きたらしく、テレビの中が爆発的に騒がしくなった。

大型客船程の巨大蜂は、しかし自分達の下で騒ぐ生き物の様子に少しも興味を抱かないようで、オブジェの中に体を潜り込ませていく。
巨大蜂はただ黙々と蜂の本能の儘に活動を行っていた。人々は先ず巨大蜂の視線が己に向かなかった事に安堵した様であった。


私は、巨大蜂がその巨大さにも関わらず他種と交流をする意思が無い事に、文化的知性を持ち合わせないのであろう事実を見付けて恐怖した。



人は生き物を殺して食らう。
しかし犬や猫等の身近な生き物に愛着を持ち意味も無く己の懐に入れる事が出来る。
また嫌悪される様な生き物であっても無残な死に姿を見て同情もする。
だがその様な感情が突如現れたこの巨大蜂には恐らく無い。

つまり彼等は今でこそ己より小さな人間に興味を持たずに居るが、必要性があればどれ程残虐で冷酷な仕業も成し得るのだろう。
蜂の中には肉食のものもあった気がする。鋭い顎は容赦無く生き物を噛み砕けるであろう、また毒針は人の胸等容易く貫通する事であろう。


巨大蜂は、この世界に現れた新しい支配者なのだ。私はいつ訪れるとも分からぬ死の気配を感じ、人間が絶滅する予感を覚えた。


ぼこり、と巨大蜂が土塊の中から頭を表す。


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