魔法という技術が使われる、ごくごく有り触れた国。
この国では誰もが魔法を勉強し、魔法使いになる。
女の魔法使いは服から始まり全身全部が黒づくめで変わった形の帽子を被る。少女の間は赤い髪飾りが唯一のお洒落で大人になると好きに髪を染める事が出来る。箒に乗って空を飛ぶ。
男の魔法使いは服から何から真っ白で、変わった形の靴を履く。少年の間は青いバックルだけが出来て、大人になると好きに髭を染める様になる。塵取りに乗って地を滑る。

そんな人々が住む国の、とある一角。
魔法学校の裏側、誰もが見付からないと思っている。でも誰もが見付からない為に集まるそんな場所。
そこに一人の少女が蹲っていた。
少女は手に持った謎の物体を自ら掘った穴の中に押し込んでいる。道具も無く掘った穴はとても小さくて浅い。謎の物体は黒くて硬そうな見た目に反して脆いらしく、少女が力任せに押す度にボロボロと形を崩した。
けれども、それでもやはり穴は小さい。物体が穴をみっちりと隙間無く埋めてしまい、土を戻す隙間が無くなってしまった。
溜息を吐いた少女は、残った土を隠してしまおうと黒い物体の上に乗せて足でぎゅうぎゅうと踏み固める。結果的にそこだけ妙に盛り上がって、如何にも怪しげな地面が出来上がった。
穴を掘りたい人間が世に居たら先ず其処から手を付けるに違いない。

少女はそれで満足したのか、もう二三度地面を足で叩く様にするとさっと立ち上がってその場を離れようとした。
そしてギクリと止まる。
少女の後ろには、一人の少年がまるで今の彼女の行為を監視していたかの如く睨みつけていたのだ。
「何で見てるの!」
「何でって…お前だけの場所じゃないじゃんか」
後ろめたさを隠す様に少女が少年に噛み付くと、一瞬たじろいだ少年は直ぐに胸を張って少女の不正を指摘した。
「今見てたんだぞ。お前、埋めただろ」
「……何を?」
「さぁ?でもきっと多分、失敗作だろ。今日は台所魔法の授業があったから」
少年の言葉に少女は顔を目一杯歪め、それから頬を膨らませ、最後には眉間に皺を作った。
「ちょっと苦手なだけだもん。それに自分だってゲームの魔法が苦手な癖に」
「別に苦手なんかじゃ」
「チェスでもカードでも全部負けてるの知ってるんだから」
「……何だよ!」
「何よ!」
魔法少女の必須魔法は台所の魔法と植物の魔法、綺麗の魔法と薬の魔法で、一方魔法少年の必須魔法はゲームの魔法と動物の魔法、心の魔法と数字の魔法だ。
この二人はそれを特に苦手としていて、魔法の下手糞具合は学校の誰もが知る程だった。二人が互いを知っているのもそれが理由なのだ。
「ふん、でも俺は台所の魔法だったらお前より上手だぜ」
「私だってゲームの魔法ならあんたなんかに絶対に負けないもん」
まるで性別を取り違えた様に、二人は魔法の得意と苦手があべこべだった。周りの友達は二人を良くからかった。真面目な教師達は静観している風に見えて密かに二人の成績を憂いていた。

 何さ何よと言い合う内に二人は段々ヒートアップし始め、無意識に魔力を溢れさせていた。
魔力は魔法の源だ。これによって未知が生み出され法則は動く。それを意識の上で整頓する事で正しく人は魔法を使う。
二人の意識されない魔力は出鱈目な法則を作り上げて、最終的には辛うじて法則を持とうとしていた物……つまりは少女に埋められた失敗作に取り着いた。
地面がむくむくと盛り上がり、消し炭のゾンビが顔を出す。右手と左手を穴の隙間にねじ込み上半身が露わになった所で漸く二人は事の次第に気が付いた。
「うわっ」
「何あれ、ヤダ!」
ゾンビはどんどん大きくなる。いっそ台所で生まれる者のよしみでジンジャーブレッドマンの様な姿をしていれば良いのに消し炭生まれのゾンビはただ只管に黒灰色のゾンビだった。
生みの親だからであろうか、ゾンビは二人ににじり寄る。自分達に向かって来るおぞましい物体に少女は可憐とは言えない悲鳴を上げた。
「あっち行け、あっち!」
少年が心の魔法や動物の魔法で指示を出してもゾンビはまるで言う事を聞かない。元々彼の魔法は下手糞なのだ。
少女は既にちょっとしたパニック状態で、不要に力んではその分魔力を垂れ流し結果的にゾンビの動きを滑らかにしている。
じわじわ速度を上げるゾンビに慄き二人は後ろへ下がる。ゾンビは釣られて前に出る。
逃げる二人。追うゾンビ。速度は上がる。事態は悪化しても好転はしない。とうとう走り出した二人を消し炭ゾンビは同じく走って追跡した。
「ギャアッ」
「うわあ!」
訳の分からぬ物体を引き連れ問題児が学校を駆け抜ける。走るだけでは追い付かれると二人が箒と塵取りに乗るものだからゾンビの動く速度は尋常では無いものになっている。
放課後の事とは言え、未だ生徒も残る学校内は見事アクションホラーの一場面として巻き込まれていた。
あちこちで上がる悲鳴。驚いて魔法を暴発させ二次災害を起こす者も居る。
事態の収拾にと飛び出て来る教師は年配の者が多く右から左へ走り抜ける子供とゾンビの速度について行けずただただその場に取り残されていた。
「もうヤダー!」
「うぇええええ……」
「男の癖に何泣いてるの!」
「もうヤなんだよぉ!」
とうとう限界を迎えた二人が音を上げる。少女の箒は殆ど地面スレスレになっていたのが膝を擦り、少年が小石に引っ掛かって塵取りから放り出された。ゾンビがすぐ其処に迫る。

 絶体絶命まさにその時。校舎の屋根から飛び降りて二人とゾンビの間に立ちはだかる者が現れた。

一人は細身な姿にぴったりとした白いスーツ。男なのに髪を染め、芝居がかった仕草が大変気障だと女子から黄色い悲鳴、男子からは裏で舌を出される教師だった。
それに続くのが如何にも肉感的な姿にゆったりとした黒いドレス。女の癖に髪は短くきっぱりとした物言いで男子から憧憬の眼差し、女子からは冷ややかな視線が飛ぶ教師だ。
二人の教師は機動力ばかりの不出来なゾンビにウインク一撃キッスを一投、あっという間に元の消し炭へと戻してしまった。
「あ、あ……」
「うわぁ……」
「はい、お疲れ様」
「これ位で情けない」
ヘナヘナと崩れ落ちる二人に男教師は拍手を見舞い、女教師は溜息を吐いて腰に手を当てた。
「全く無駄な騒ぎを起こして」
「僕がやったんじゃありません」
女教師に少しでも格好良い姿を見せたいのか、少年は慌てて立ち上がり弁明した。男教師は少年の言葉に頷く。
「うん。これは台所の魔法だ……魔法使用後には正しい処理をしないといけないね」
少女がさっと蒼褪める。
「わ、私。そんなつもりじゃ」
「何だよ、結局お前が悪いんじゃんか」
「だ、だって」
原因が自分にあると判明し、それを責められて少女の瞳に見る見る涙が溜まって行く。少年は自分が恐い思いをさせられたのもあって、お構いなしに一層少女を責め立てた。
「ハッ、結局自分だって何も出来なかったんだろうに」
「そ、それは……」
得意になった少年の伸びる鼻を女教師が横から叩き折った。
俯く少女の隣で少年もまた顔を赤らめて沈黙する。
「さて、台所の魔法の始末だね」
男教師は再びウインクをして消し炭を空に浮かせる。
女教師の投げキッスでくるくると何回転かした消し炭はピタリと止まり、少女の掌に納まった。
「あの……これは」
「台所の魔法の理想的な処理法は一つ。食べられる物から生まれたのなら食べておしまい、そうだろう?」
「でも、こんなの」
「大丈夫。埃は落ちたし元の姿に戻っているよ」
「いえ、でも」
「ほら」
男教師に促され、躊躇いながらも少女が覚悟を決めた所で蚊帳の外となった少年がそっぽを向いて茶々を入れる。
「そうだ、そうだ。早くその失敗した奴、食べちゃえ!」
ぎゅっと目を瞑った少女の肩を優しく男教師が叩く。女教師は再び調子に乗った少年をチラリと一瞥した。
 少女が大きく口を開いたその瞬間。
教師二人の魔法が煌めき少女の口には成功したら出来る筈だった菓子が、薄ら開いた少年の口には少女の作った消し炭が飛び込み、二人は揃って目を白黒させた。
「反省した方にはした分だけの配慮をしておいたよ」
「全く二人揃って何なんだか」
「心の魔法も未熟だったねえ」
「二人で揃って反省しな」
ゴクリと二人の喉が鳴る。
その後直ぐ少年と少女は騒ぎ出すのだが、今は未だ口の中の衝撃を受け止めるので精一杯だった。

こうして問題児二人が起こした些細で賑やかな事件は幕を閉じた。
けれどもきっと明日も何かが起きるに違いない。
兎に角今日は日が暮れる。

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